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2018.03.06 Tuesday

手術何回もしてると硬膜外麻酔が...

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    夜寝れないので、麻酔の嫌な思い出を1つ

     

    中学2年(13歳)の時に骨肉腫と診断され最初の手術から

    ※正式名は傍骨性(ぼうこつせい)骨肉腫

     

    切除した肉腫の回りから(左膝)から軟骨が何回もでて、そのたびに切除手術

     

    30歳頃までに計6回はしたかな

    (以降40歳までに切断に至る手術とか入れると計10回は手術してる)

     

    硬膜外麻酔(下半身麻酔)だったので、背中まるめて背中から針さして麻酔するんですけど

    (これがまたぶっとい針で(;´∀`)

    4回目ぐらいになると入りにくくて

     

    麻酔時に何回も刺されて、刺されながら針で探られるのって、ちょー気持ち悪い

    まぁ背中に針刺す前に、表面麻酔するから刺した瞬間の痛みはあまりないんやけど

    背中に針さして中さぐられてる間は、鈍痛って言うんですかね?

    背中にドーンとくる、なんとも言えない痛さが(;´∀`)

     

    5回目の手術のときは

    「前回は麻酔医がへたやったから、ちゃんと入らへんかったんや」

    と思ってたので気にしてなかったんですけど、悪夢再びです

    やっぱ入りにくい

    手術後に聞くと麻酔医曰く

    「何回も硬膜外麻酔してるから入りにくくなってる」ってことらしくて

     

    6回目はさすがに全身麻酔でお願いしました

     

    楽でしたねー全身麻酔

     

    まぁ全身麻酔もそれなりのリスクがあるんですが

    背中を針でまさぐられると思うと...ねぇ

     

    みなさんも硬膜外麻酔 4回目以降にはご注意を

    って普通はないか4回も

    そして医療も進歩してるから"今は昔”的な事柄かも(^ω^)

    20年以上前の話しですから

     

     

     

     

     

     


    2016.09.01 Thursday

    骨肉腫発症当時の話し(2)傍骨性骨肉腫

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      私が、骨肉腫(骨の癌)って聞かされたのは20才過ぎてからで
      当時は主治医に「骨肉腫(骨の癌)」って聞かされた時は、父母は家に帰って泣き明かしたそうです
      (当時高校2年の兄貴と3人で)←母談

      私の骨肉腫は正確には「傍骨性(ぼうこつせい)骨肉腫」といって、骨肉腫の中でも悪性度合は低いものだったらしく
      その当時は切断とはいたりませんでした。(化学治療もなし)

      本来なら切断らしいのですが
      主治医の先生が
      「まだ、若いし、この若さで切断するのは、かわいそうや 切断はいつでも出来るから、組織とって検査してから決めよ」ってことになったらしいです←母談

      化学治療もしなかったとゆうことは、恐らく手術でとった組織を見て、悪性な腫瘍はなかったのだと想像できます。

      ■食事
      今思えば手術前の母親の行動は異常でした
      ごはんのときは、病院にガスコンロを持ち込んでステーキを焼いたり、すき焼きにしたりと
      私は子供ながらに「他の患者さんは、普通に病院のご飯食べているのに、恥ずかしいから止めてくれ」
      っと言っても聞く耳をもたず 結局手術前に絶食をしないといけない日まで続きました

      母は、主治医の先生に「大変な手術になるんで、栄養のあるもの食べさせてあげて下さい」っと言われていたみたいです。
      まさに「親の心子知らず」

      ■麻酔
      当時、下半身麻酔で手術を実施
      手術代の上に横向いて寝て、背中を丸めて、背中の骨に麻酔注射を打つんですけど
      (うつ前に局所麻酔うったあと、局所麻酔も痛い)
      背中の脊髄に麻酔針が入っていく感覚が、なんともいえない感覚でした

      ■手術
      腫瘍は左大腿骨の裏側にできていて、手術は うつ伏せになって実施
      骨にくっついてる腫瘍をノミかなんかで削ってるんですが
      これが痛いのなんのって

       

      「カコーン、カコーン」と音をするたびに「痛!、痛!」と激痛が走りました

      中2の男が、痛さで泣き出しそうなくらい痛かったです。
      (横についてくれたた、看護師さんの手をずーっと握りしめてた)

       

      今から36年前の手術なんで、今同じ手術しても痛くはないかもしれませんが
      でも当時でも全身麻酔でやったらいいやん

       

      手術室からでてきた私は、母親が言うには、顔がげっそり痩せてでてきたらしいです。
      (今は太ってますが、当時スポーツもやってたし、いい体形でした)
      (171センチぐらい 62キロぐらい 過去の栄光です←今ここを目指してます

      ■手術後
      麻酔の効いてる間は痛くなかったのですが
      麻酔が切れだしてから、痛いのなんのって
      ベット触られると、それが響いて激痛がきてましたから

       

      手術後2週間ぐらいで退院したような記憶が...

       

      その後の話しは、また今度

       


      2016.08.28 Sunday

      骨肉腫発症当時の話し(1)

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        昔の話しなんで、記憶があいまいで、詳細は間違っているかもしれませんけど

        わかったのが中2のとき

         

        クラブのバレーボールの練習で、レシーブした際に手首をねんざ(左右どっちか忘れました)
        近所の病院に行き、症状を伝えて

        ついでに、今まで気になってた膝の違和感(正座が微妙に出来ないほど、微妙に膝の曲がりが悪い)
        ことを伝えて、手首と左足膝のレントゲンを撮る

         

        レントゲンを見るなり先生が他の先生を呼んで
        先生達「これ.....ですよね」ヒソヒソ相談
        そこから「お父さんか、お母さん呼んで」と先生に言われ
        確か、母親が来て先生と話しこんで
        大阪市立大学付属病院に行くことに

         

        後日、大阪市立大学付属病院に両親と共に行き、診察を受ける

        主治医の石田先生が紹介状と持参したレントゲンを見て
        「レントゲンとろか」

        中2の当時の私は、かなりへそ曲がりな性格をしてたので
        「なんで前の病院で撮ったのに、また撮らなあかんねん」
        (とブツブツ言いながらレントゲン室に入っていったらしい ←母談)

         

        レントゲン撮影
        足のレントゲンは、すんなり撮って
        次、胸のレントゲンをとることになって
        へそ曲がりな中2の私は「なんで足悪いのに胸のレントゲン撮らんとあかんねん」
        と言い、レントゲンを撮るのを拒否しました

         

        すると主治医の石田先生がレントゲン室まで、とんできて
        「たのむからレントゲン撮ってくれへんか、胸の病気じゃないけど、念のために」

         

        当時は知らなかったのですが、石田先生は、軟部腫瘍の治療では、日本で超有名な先生らしくて
        遠くから石田先生に診てもらいたいって、通ってくるぐらいの先生やったらしく
        今考えると、超〜失礼やったなぁ

         

        で、翌週当たりに入院が決まりました

         

        ただ入院したのは大阪市立大学付属病院ではなく、日生病院でした
        当時、石田先生が週2位で日生病院に通ってたらしく
        私の病気事態めずらしい病気なので、
        石田先生が「ここ(市大付属病院)に入院すると、研究材料にされかねない」っとのことで、←母談

         

        生意気なこと言ったガキに、なんて情け深いんや

        腕もいいし、人間的にも素晴らしい先生やったんです。

         

        以降の話しは、また後日


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